ぼけよけ霊場の中で一番交通の便に恵まれているのは、さきの法輪寺とこの高野寺であろう。和歌山市の中心にあって、和歌山市駅からタクシーなら3分、歩いても15分ほどである。大型のスーパーマーケット、長崎屋や建設会社のビルに囲まれていながらちっともせま苦しい感じを与えない。広い道に建っている山門を見通した奥深い境内がそう感じさせるのであろう。山門を入るとすぐ真新しい鐘楼がある。昭和20年の7月、米軍の大空襲で全山が焼けた為に、最近復興された由。
この時、お大師様だけが大難を免れなさった。この大師像は、弘法大師が四十二歳の厄年に自ら彫られたものと伝えられ、厄除けの大師としていろんな伝説が語り伝えられている。顔面から仏舎利が出たというので舎利吹き大師とも云う。また、飢饉の時、この大師像にお祈りしたところ、不毛の地に野菜が生えてきたというので、不蒔菜の大師とも云うそうだ。今度の戦災にも不死身の像であったというので、一層この大師に救いを求める人が多くなり、毎月21日には門前から列をなすという事である。
この寺の開基は戦国末期の応其上人である。紀州の名ある寺はすべて、豊臣秀吉の紀州攻めによって焼き払われたのであるが、その中にあって、高野山内には一兵も踏み入れさせなかったばかりか、秀吉をして高野山の外護者たらしめた名僧、木食応其上人その人である。応其上人が京都伏見で秀吉より与えられた殿堂を移したのがこの高野寺である。
関ケ原戦後、浅野幸長は寺領を寄進しこの附近一帯を寺町として定めた故に今も元寺町の名が残っている。参詣者のつく梵鐘の響きが、ビルの谷合いにこだまして、安らかな密厳浄土にいる一時を味わわせてくれるであろう。
■最寄の交通機関
〇南海バス和歌山発長崎屋前下車徒歩2分
市駅発海南行本町4丁目下車徒歩4分
〇南海電鉄和歌山市駅下車タクシー5分